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トルコリラ特集

大きな避難所としてのトルコ2016-03-07 04:24

トルコは今曲がり角にある。トルコ人たちは混乱している。今日の様々な問題にどっぷりと漬込まれているため、将来について考えることさえもできない。我々の多くが、誰もが不安におおわれている。 
 
私たちは安息を求めて自宅を避難所や退避所として利用する。
 
ウィキペディアでは「非難所:a panic room」のことを、「安全な非難所、不法侵入や竜巻、テロ攻撃や他の脅威の際に住民のための隠れ家」と定義している。
 
これらはすべて当てはまるが、私たちの国は踏み込まれており、テロ攻撃や他の脅威があるのだ。
  
私たちの家は要塞化され、感情的に、社会的に、政治的に、物理的に隔絶しているため、外部からの脅威は最小化され、家の中では安堵のため息をつくことができるのだ。
  
私を例にとると、私は避難所を所有していない。かつては良い新聞であったデイリー・ミュリエット紙でコラムを掲載している作家メフメット・テズ氏から私はそれを知った。
 
私たちは2つの別々の生活があり、私たちは路上などの公共の場では政治的に公正であらねばならないと彼は2月2日にコラムを書いている。
 
それから私たちは家の中ではプライバシーがある。彼はコラムで、家の外では、本当はお互いにコミュニケーションをとらないが、政治的に公正であるべきことにとても注意していると言っている。
 
誰もが政治的に公正であるとお互いに表明していると彼は信じているのだ。
  
結局のところ、私たちは殻の中や身近な世界であるプライベートな生活に逃げ込むのだ。私たちは存続しようと、自分たちの避難所で生き残ろうと試みているのだ。
 
 コラムニストのメフメット・テズ氏は我々の状況をイスラム教のベールに例えている。
 
(私はあたかもイスラム教徒の女性ではないかのように話していることを認識しており、あたかもイスラム教徒の人間、おそらく男性であるが、イスラム世界には2種類の女性と男性が存在していると思っている。
 
興味深いことに、このことについて書くべきであるのだが、私は誰なのか?私は女性であり、イスラム教徒なのだ。しかし、必ずしもイスラム教徒の女性ではないのだ。)

彼は、男性たちは女性がベールをつけている時だけ外に出ることがふさわしいとみなしていると書いている。
 
彼は、私を含む、これらの女性たちのように家では政治的公正さとかけ離れたベールをかぶっていない顔や、知性、ライフスタイルを有しているが、路上ではベールをかぶらなければならないのだと信じているのだ。
 
家ではベールをかぶらず、路上ではベールをかぶらなければならない。

私はこのことが好きで、特に彼が、男性たちは女性たちがベールをつけている時だけ外出するのが相応しいとみなすとまとめている比喩表現が好きなのだ。これ以上の良い説明があるだろうか?
 
彼は2月16日のコラムで誰にとっても良い状況は一つもなく、いつでも戦争が起こり得ると書いている。
 
シリアへの介入戦争の可能性があり、難民の数は3百万人に達しているが難民たちをどうしていいのかわからないのだ。
 
これは今日では最大の問題となっている。
 
生活費は高くなるばかりで、所得の分配は悪化し、教育問題が山積みとなっている。
 
私たちは都市環境と文化の両極性を有しており東部から内戦が始まる光景が見える。
 
それとは逆に、個人的な成功、大金を得たり、興奮したり、愛や幸福があり、夜になると、レストランやパブやクラブは満員であるとテズ氏は指摘している。
 
週末には、アウトドア―のカフェや、島嶼に向かうフェリーは満員である。今やコンサートや快適な展示会もあると彼は書いている。
 
「友達と一緒の食事や素敵な会話、家族の訪問など、小さなサイズの中の生活は子供たちが太陽を浴びた庭で走り周るようなテレビコマーシャルのようだ。」と彼は言っている。
 
私たちは近い将来個人的に成功をつかむかもしれないが、集団生活の中で多くのものを失っている。
 
テズ氏はまた、すべての種類のマンションがホットケーキのように売られているが、「投資のためのマンション」という概念があらわれており、私たちみんなが既に家を買ったということは投資として別の家を探し求めるということを暗示しているのだと書いている。
 
私たちの多くにとっては、イズミールに5時間で行くことができるようになるイズミット湾に建設中の橋のほうがシリア国境やトルコ南東部で起きていることよりも重要なのだ。
 
 イズミールへの5時間のドライブ、アパートのローンの支払い、自動車のローンの支払い、橋で待たずに済むことや自宅の近くに地下鉄駅ができることの方がより重要なのだとテズ氏は当たり前のように言っている。
 
今日私たちはこの国の住人として、同棲しているわけではないのだ。ただすれ違い、体裁を保っているだけなのだ。
 
 2倍の高速道路や投資のためのマンションは打ち砕かれた私たちの社会的価値を癒すことはないのだ。
 
 ハフィントンポストの最近のスタンリー・ウェイスさんの記事で、「エルドアン大統領のクルド人問題の多くは彼自身に原因がある。」と言っている。
 
私たちの問題のすべては私たち自身が作り出している。おそらくそうだろうが、私たち自身でこれらの問題を解決することもできるのだ。
 
世界から少しだけ助けを借りるのも悪くないだろう。

出典:cappadociapress(http://cappadociapress.net/)